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3.22016
生001 : 本物のブリーダーとは
純血種を望むなら よいブリーダー探しから始めよう
日本では、純血種の子犬を欲しいと思ったら、ペットショップに行く人が多いかと思います。しかし、犬文化の先進国であるヨーロッパの多くの国では、ブリーダーから譲り受けるのが普通です。
ただ近年は日本でも、自分の欲しい犬種を事前に勉強し、ブリーダーから愛犬を手に入れようとする人がだんだん増えています。
でも、そこで大きな問題は、本当によいブリーダーとはどこにいるのか、ということではないでしょうか。
巷に溢れているのは、お金儲け主義の「繁殖屋」「バックヤード・ブリーダー」(小遣い稼ぎのために自分の家の犬を繁殖させる人)です。そういう繁殖業者は、犬種のスタンダードや遺伝性疾患について深く勉強しておらず、目先の収入のために繁殖を繰り返しています。つまり犬を売ることを生業としている人たちです。でもそういう業者でも、HPや雑誌で「自分は愛と責任感いっぱいのブリーダー」と謳っていることが多いので、見極めが非常に難しいのです。
ブリーダーとは、犬を売って生活費を稼ごうとしている人ではありません。むしろお金を犬につぎ込む人です。また、盲目的で自分本位な愛情で動く人でもありません。冷静に、客観的に、犬種の向上を目指す本物の「ファンシャー」(愛好家)です。
自分の愛する犬種の未来を見据え、いい犬を後世に残していくために、繁殖を手がけています。それは、何代にもわたって、理想の犬をつくり、守っていく、時間とお金と手間のかかる壮大な一大プロジェクト。犬種改良の歴史の長いヨーロッパで、ブリーディング(繁殖)が貴族の楽しみだったのも頷けます。ブリーディングはお金を稼ぐ手段ではなく、高尚な趣味の極みといえます。命を扱うことだけに責任感かつ良識も欠かせません。
日本では、まだまだその域に到達しているブリーダーは数少ないのですが、しかし確実に日本でも増えつつあります。そんなおひとりである、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルをこよなく愛する野辺地由香さんを訪ねました。
新参者に厳しい犬業界の中で、 孤高奮闘する日々
ニューヨークでの転勤生活から日本に戻った野辺地さんは、すぐに念願だった犬探しを始め、イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルのサラを迎えました。8年半前のことです。子供の頃にはシェルティーを飼っていましたが、スプリンガーは初めて。何もわからないまま犬舎の勧めでショーの世界に参加し、ブリーダーの言うとおりにサラの繁殖もしてみました。すっかりスプリンガーの虜になったようです。
しかし、何年もショー・チャレンジしているうちに、いいことも悪いことも、いろいろなことが見えてきました。たとえば日本ではスプリンガーの遺伝子プールの脆弱さ(新しい血が外国から入っていない。血が濃いなど)ゆえ、攻撃性の高い個体が増えたり、スタンダードが乱れるなどの問題が起きています。そこで彼女は日本の業界の常識にとらわれず、アメリカで見聞を広めます。
「一時はもうスプリンガーはやめよう、とも思いました。あまりに犬種が荒廃していたからです。アメリカでも攻撃性のことなどが問題視されていました。でもアメリカでは、5〜6年前から、犬質(性質面や健康面の質)を犠牲にするような繁殖をしてはいけないというムーブメントが起きていました。頑張るブリーダーが増えていることを知り、希望の光が見えてきました」と、野辺地さんは言います。
「いいスプリンガーを日本で広めていきたい」
アメリカではスプリンガーを手がけるブリーダーの数は日本の比ではありません。すべてのアメリカのブリーダーが志し高く犬種向上を目指しているわけではありませんが、それでもスプリンガーのトップクラスのブリーダーたちがいい犬を残すために動き出しているので、すでに成果が上がってきているそうです。 野辺地さんは「いい犬(血)を日本に入れて、いいスプリンガーを広めていけたらというのが、いちばんの願いなんです」と言います。現在、アメリカ、カナダ、イギリスのブリーダーと交流し、人脈づくりをしたり、より深い知識を勉強中。「いまはいい犬を入れるための準備期間です」と、目を輝かしています。 信頼関係なくして、欧米からアジアの小国・ニッポンにいい犬を譲ってもらうことはまずできません。でも人脈づくりには、外国に何度も足を運ぶ熱意と体力と経済力と時間、そして語学力も必要です。くわえて野辺地さんのような真剣な情熱、犬に対する深い愛情と理解も不可欠です。
そして、無事にいい犬を譲ってもらえたとしても、ようやくスタートラインに立ったに過ぎません。血統を吟味し、繁殖に使う予定の犬に対して可能な限りすべての遺伝性疾患の検査を施します。もし病気の因子が見つかったら、残念ながらもう繁殖には使えません。彼女の家にはいま4頭がいますが、そのうち若い2頭はもともと繁殖犬候補でした。「1頭は、アメリカから呼んだ子で、性格はとてもよいのですが、PRA(進行性網膜萎縮症。遺伝性の病気)のキャリアだったとわかったので繁殖には使いません。もう1頭は、性格もよく、PRA検査もクリアしましたが、前肢の角度が理想と違うので、この子も繁殖には使いません」ときっぱり。そういう冷静な判断も必要なのです。これが本気のブリーダーと、そうでないかの違いでしょう。もちろんその子たちは、家庭犬として毎日たっぷりブラッシングをしてもらい、週1回シャンプーしてもらって、ふわふわで、とても可愛がられています。それでも繁殖犬としてふさわしいかどうかは別問題なのです。
野辺地さんは、2011年4月にスプリンガーについての正しい知識を発信する場として「イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル・クラブ・オブ・ジャパン」を設立しました。毛の手入れ方法や、遺伝性疾患などについての勉強会を毎年行っています。会員は、全国に50名ほどの小さなクラブですが、本物のファンシャーたちが育っています。そうした活動も、真のファンシャー兼ブリーダーだからできることです。
ヨーロッパなどでは、こうした犬種ごとの愛好家団体があり、ブリーダー同士が情報交換し、切磋琢磨し、またファンシャーがある意味ブリーダーを厳しくチェックする機能も果たしているようです。
日本でも、それぞれの犬種にこういうクラブができ、営利目的ではなく、真の意味で自分の大好きな犬種が、これから未来も「この犬種は、健全で素晴らしい犬だね」と評価されるように守っていくことが望まれます。そのためには、やっぱり本気のブリーダーが必要。野辺地さんのような本物の「犬馬鹿」こそが、正しいブリーダー像なのではないでしょうか。